不活化ポリオワクチン 追加接種の勧め

当院では、不活化ポリオワクチンを、4歳以降にもう1回接種することをお勧めしています。

多くは二種混合ワクチン接種のタイミングで、二種混合ワクチンを三種混合ワクチンに変更し(任意接種になりますので接種費用が発生します)、あわせて不活化ポリオワクチンの接種をお勧めしています。
あるいは、小学校就学前に、麻疹風疹(MR)ワクチンと一緒におたふく(ムンプス)ワクチン、不活化ポリオワクチンの接種をお勧めしています。

ポリオは、日本ではもう40年自然感染はありません。生ワクチンを飲んでかかった方々が最近までいらっしゃいましたが、不活化ワクチンに切り替わった現在は、新規感染者はいません。
ですが、中国・フィリピン・ベトナムなど、アジア・東南アジアなどでは生ワクチンが原因のポリオ患者発生がありますし、なにより最近政権交代したアフガニスタンでは、タリバンはアンチ・ポリオワクチンのために、野生株(自然感染)のポリオウイルスが根絶できません。今後感染拡大することが不安視されています。
ですから、コロナ騒動が落ち着いてインバウンドが復活してくると、いつ国内にポリオウイルスが持ち込まれるか分からないのです。
実際に、少し前の研究ですが、成田空港に到着した飛行機のトイレから、非常に強力な野生株ポリオウイルスが発見されています。

不活化ワクチンは、接種して時間が経つと、抵抗力である抗体が少しずつ減ってくるのが分かっています。
アメリカCDCは感染予防・流行阻止の観点から、4歳前に何回ワクチン接種をしていても良いから、4歳以降に必ず追加接種を受けるよう、強く推奨しています。

日本小児科学会では、就学前の不活化ポリオワクチン接種を推奨していますし、院長や仲間の小児科医達で、就学前接種を定期予防接種化してくれるよう、署名活動を行っています(ポリオワクチン就学前接種の定期化を求めて署名活動 )。

 

かつての日本はポリオが流行していた

院長はなぜ不活化ポリオワクチンにこだわっているのか。
長くなりますが、その経緯をお話ししたいと思います。

かつて日本は、他の国々と同様に、多数のポリオ患者発生を防げずにいました。小児マヒ、と言われていましたが、ごく普通に感染し、時には生命を落とす病気として恐れられていました。
ちなみに、今日我々が使っている人工呼吸器は、もともと呼吸筋がマヒしてしまったポリオ患者を助けるために開発された「鉄の肺」がルーツで、その後改良されて現在の形になりました。

1960年代初めには、北海道を中心に全国的な大流行がありました。多くの女性(お母さん達)が、海外で開発されたポリオワクチンを日本でも使えるようにしろ、と国会に激しいデモをおこない、ついに当時の厚生大臣が、超法規的にカナダ・(当時国交のなかった)ソ連から、ポリオ生ワクチンを緊急輸入し接種しました。
この効果は絶大で、2回の投与で国内のポリオ患者発生は激減しました。
このポリオ生ワクチンは、海外では4回の接種が標準でしたが、国内では2回で効いてしまったため、当時お金もワクチンも無かった日本は、接種を2回で終えてしまったのでした。これが後に少し問題を残しました。日本人の多くに、ポリオ3型(ポリオウイルスは、1型・2型・3型の3種類があります)の抗体が不足したのです。それでも日本国内では大きな問題なく現在まで来られたのは幸いでした。

やがて国産ポリオ生ワクチン(OPV)が開発され、野生株(自然流行)に感染したポリオ患者さんは1980年を最後にみられなくなりました。
ところがその後、このポリオ生ワクチンが原因で、ワクチン関連のポリオに感染してしまう患者さんが散発し続けたのでした。
そのため先進国では次々に不活化ポリオワクチン(IPV)に切り替えていったのですが、日本ではいつまでも生ワクチンのみが使われ続け、ワクチン関連麻痺性ポリオ(VAPP)患者さんは発生し続けたのです。

 

未認可輸入不活化ポリオワクチンの導入

国会で時々不活化ポリオワクチンの導入に関して、討議がなされていましたが、状況はいっこうに変わりませんでした。

そんな中、2010年8月20日、日本小児科学会予防接種感染症対策委員会が、「経口ポリオ生ワクチンの接種について」という声明を公表しました。
この声明では、ポリオ生ワクチンによるワクチン関連麻痺性ポリオリスクはあるものの、国内で不活化ポリオワクチンが認可されるまでは、輸入ポリオウイルスによる感染防止のために、生ワクチン接種を維持するべき、とされました。
これに対し、2人の小児科医師が、「不活化ポリオワクチンを勧めたい~同志募集」という活動を始め、小児科学会に対し、国産不活化ワクチンが認可されるまでの間、海外ですでに使用実績のある不活化ワクチンを緊急輸入し投与するべきという提言を国に対し行ってほしい、という署名活動を行いました。
これにより、これまで何度か国会で議論され、ポリオ患者会である「ポリオの会」が警鐘を鳴らし続けたワクチン関連麻痺性ポリオの問題が、少しずつ小児科医に認識されるようになりました。
そしてこの運動に呼応して、海外から未認可不活化ポリオワクチンを個人輸入し、患者さんに提供する医療機関が増加したのでした。

院長は、当時千葉県立佐原病院に小児科部長として勤務していました。
45歳でようやく結婚して、46歳で奇跡的にこどもを授かりました。
小児科医ですから、ワクチンで予防できる病気は、すべてワクチン接種を行って予防しようと考えていました。
ただ1点、このポリオワクチンだけは、生ワクチンを飲ませることをためらっていました。
もし万が一ワクチン接種後にポリオにかかってしまったら、一生の問題です。あるいは院長ら両親が、生ワクチンを飲んだこどもの便中にあるワクチンウイルスに感染し、突然毒性を復活させたウイルスでポリオを発症するかもしれません。
海外には安全な不活化ポリオワクチンがあります。上述2人の小児科医のうちの1人は友人でしたから、彼に頼んで未認可輸入不活化ポリオワクチンを接種してもらおうか、と悩んでいました。

ただ、地域のこども達の健康を守る公立病院の小児科部長が、自分のこどもには安全とされる不活化ワクチンを接種し、自分を頼ってきてくださる患者さん達には生ワクチンを勧める、というのがどうしても納得できなかったのでした。
そうであれば、患者さん達には生ワクチン・不活化ワクチンそれぞれのメリット・デメリットを説明し、希望される方には不活化ワクチンを接種する選択肢を提供するべきではないか。
そう決意し、院内で院長・薬剤部長その他に相談をし、院内倫理委員会で承認をいただき、未認可輸入不活化ポリオワクチンを接種することを決めたのでした。
当時の千葉県病院局長は大変見識の高いかたで、世の方向は不活化ワクチンに進むから、公立病院として選択肢を提供する姿勢があっても良いだろう、とこれを受け入れてくださいました。

こうして2011年2月、千葉県立佐原病院小児科は、全国の国公立病院で初めて、トラベルワクチンではなく、地域住民向けに、未認可輸入不活化ポリオワクチンの接種を開始しました。
これは全国的に大きな話題となり、新聞・テレビの取材は多く、それをご覧になった俳優の菅原文太さんは、ご自身のラジオ番組「日本人の底力」に院長を呼んでくださり、2週にわたって対談が放送されました。

また院長はその少し前の2011年1月9日、未認可輸入不活化ポリオワクチンを接種しようとする医療機関をまとめ、情報共有を行うために、「不活化ポリオワクチンメーリングリスト」を作成しました。
このメーリングリストで、接種間隔、キャッチアップスケジュール、接種部位、皮下注射・筋肉注射、リスクマネージメントなどの情報共有が行われました。
同年6月には、このメーリングリストでの情報交換をもとに、未認可輸入不活化ポリオワクチンを接種するための「不活化ポリオワクチン接種ハンドブック」をまとめました。このハンドブックは、その時点で未認可輸入不活化ポリオワクチンを接種している医療機関だけでなく、これから始めようとする人たちにも愛用される参考書となりました。
最終的にこのメーリングリストは、未認可輸入不活化ポリオワクチンを接種する医療機関の9割以上が参加し、日本全国への接種拡大に寄与しました(最終登録会員数377名、うちワクチン接種199施設・医師 212名)。

 

不活化ポリオワクチンの定期予防接種化

一方で、予防接種法や予防接種実施状況を考えたとき、未認可輸入不活化ポリオワクチン接種は非常に変則的な対応で、認可ワクチンの早期導入が求められました。
サノフィ製の不活化ポリオワクチンの治験(薬として承認されるための研究)は進んでいましたが、三種混合ワクチンと同じスケジュールで、生後3・4・5か月と1年後の4回接種というスケジュールで研究が進んでいました。
これですと、3回接種したあと、1年間何もせずに待っている時間が必要になります。

院長は最初の3回と、1年後の1回を別立てで申請する二段階申請ならば1年早く導入できる、と、厚生労働省の結核感染症課と相談していました。ところが途中で課長が人事異動で成田空港検疫所長に異動され、後任の課長は「一介の公立病院小児科部長風情が、なんで厚労省のキャリア課長と電話で話ができると思うんだ」と仰る。
ちょっと(かなり)悔しかったので、それならばもっと上、と、超党派の「世界の子どもたちのためにポリオ根絶を目指す議員連盟(ポリオ議連)」事務局長である、当時政権与党であった民主党の藤末健三参議院議員に相談を持ちかけました。2011年11月のことでした。学会で滞在中の品川のホテルの部屋から、議員会館に電話をかけた日のことを、今でも良く覚えています。

藤末議員の行動は早く、院長の意図をくんでくださり、院長と二人三脚で、すぐに厚生労働省と二段階申請に関して検討を開始してくださいました。結核感染症課の課長は面白くなかったようですが。申請は1年後、と思っていたサノフィも大慌てでした。それでも早期導入に向けて頑張ってくださったワクチン担当の方々に、感謝しています。
国会議員有志による、輸入不活化ワクチンの緊急承認に関する議員立法の動きなどもあり、最終的に厚生労働省は不活化ワクチンの二段階申請を受け入れ、2012年4月、承認申請から2ヶ月で不活化ポリオワクチンが認可され、同年9月より定期予防接種として単独接種が開始されたのでした。
予防接種の二段階申請というのは初めてのことで、関係各所にはかなりの衝撃だったようですが、悪しき前例主義の霞ヶ関にとっては、以後間隔をあけて複数回投与する薬剤に関して、二段階申請が可能になる前例を得たことになります。

これにより、未認可輸入不活化ワクチン接種は終了しました。メーリングリストを通しての副反応報告では、アナフィラキシーを含む重い副反応は見られませんでした。
変則的な状況が1年早く解決し、大きな問題なく未認可ワクチンの接種を終えられたことに安堵するとともに、不活化ポリオワクチンを1年早く導入できたことに、大きな達成感を覚えたのでした。

院長は、メーリングリストを組織し、未認可輸入不活化ポリオワクチンを全国に広め、ハンドブックをまとめ、認可ワクチンの定期予防接種化を1年早く実現させた、ということに誇りを持っています。
そしてこれ以来、海外でのポリオの流行状況、国内での接種や抗体(抵抗力)保有状況などにいつも関心を寄せ、ポリオ対策の一助を担うことがライフワークとなりました。

一日も早く、世界からポリオの新規患者がいなくなりますように。
STOP Polio.

2011年11月7日サンケイ・エクスプレス記事